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2018.08.06 Monday
【静岡】僧侶のためのグリーフケア連続講座第5講開催レポート

こんにちは、僧侶のためのグリーフケア連続講座in静岡・第5講のレポートを担当させていただく、浜松市北区の真宗大谷派長徳寺若坊守・本間あかねです。

 

今回のレポーター 本間あかねさん(写真右側)です。

 

第5講は自分のお寺で、できそうなことを探す1日ということで始まりました。

 

最初はリヴオンの僧侶のためのグリーフケア連続講座を受講した方々がお寺で行なっているグリーフケア・サポートの事例紹介がありました。私たちのお寺でもグリーフケア・サポートをできたらよいと考えているのですが、具体的な事例紹介はとても参考になりました。

 

個人的には滋賀教区浄土宗青年会の「おくりふだ」に興味を惹かれました。

 

一番右側にお戒名、南無阿弥陀佛を上からなぞり、左側のページにメッセージ。

 

 

おくりふだは亡き方との数え切れない思い出を振り返ったり、残念ながら伝えきれなかった亡き方への思いを整理しながら、極楽浄土に旅立たれる方に送る言葉を書いていただけたら、という思いで考案されたものであるようです。大切な方とお別れした遺族の気持ちは複雑だと思いますが、おくりふだを記すことでわずかながら気持ちを整理する助けになるのではないかと感じました。

 

次にゲスト講師の静岡伊豆の国市にある正蓮寺の住職の渡邉元浄さんと

東京駒込にある勝林寺 住職の窪田充栄さんのお話でした。

 

マイクを持ってお話されているのが、臨済宗の僧侶、窪田充栄さん。

 

 

窪田さんのお寺では障がい児とその家族に寄り添う「くつろぎば」というグリーフプロジェクトが行なわれているということでした。「くつろぎば」では親が顔を合わせて話し合うことができ、親同士のつながりも形成されます。季節が感じられるごはんを作ったり、大人も子どもも楽しめるプログラムとなっているようです。看護師も常駐しているということで、親御さんが安心して参加できるよう配慮されています。本堂にミニ水族館を作るなど親子で楽しめるイベントをたくさん開催しているようでした。お寺でゆっくりと過ごしたり、楽しいイベントを行なったり、「くつろぎば」は素敵な場所だと感じました。

 

その後は渡邉さんによる模擬枕経を体験させていただきました。

 

模擬枕経法要の様子。一人ずつ、亡き人に向かって名前を呼び、言葉を手向けていく。

 

私は今まで枕経を体験したことがありません。他のお寺さんたちがどのようにして枕経を行なっているのかはわかりませんが、渡辺さんの枕経はこれから何をするのか説明し、お経をあげていくという流れでした。お経をあげる時は灯明のみの明かりで、部屋の中は薄暗くなります。女性の方は涙を流している姿を他の人に見られたくないだろうという配慮だそうです。模擬枕経ということなので自分自身のグリーフを思い出しながらお経を聞いていると、不思議と亡き人との思い出がよみがえってくるようでした。このような枕経は家族にとっても亡き人との良いお別れの場になるのではないかと感じました。

 

講座の最後は二人一組で自分にとってグリーフやグリーフケア・サポートについて学ぶことはなぜ大切だったのかということをインタビュー形式で語り合い、自分がなぜグリーフについて学びたかったか振り返ることができました。

 

 

 

今回の講座で聞いた内容を参考に、自分達のお寺でもできるグリーフケア・サポートについての計画をたてていきたいと思います。

 

 

 

 

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 14:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2018.05.01 Tuesday
【イベント】5/30(水)お寺からつながるグリーフケアin静岡

この度僧侶のためのグリーフケア連続講座in静岡の受講生で、

修了式&学習プレゼンのイベントが開催されます。

 

 

 

これまでの講座のレポートはこちらです。

 

第1講 グリーフケアの基礎
 第2講 自分自身を知る時間
 第3講 「聴く力」を身につける

第4講 お寺×グリーフケア 〜その1〜

 

 

静岡の地域においてさらに、「グリーフケアが当たり前にある社会」に向けた
 広がりを大事にしたいと思います。

 グリーフケアの知識を学び、体感的、実践的に「聴くことの力」を学ぶ
 ロールプレイを重ね、僧侶としてこの学びをどう活かしていくのかを考える
 プログラムを経て、得たことから

 「グリーフケアを学んだ私の変化〜Before&After〜」

 「僧侶から生まれるグリーフケア企画」

 の発表を行います。

 

当日は遺族会を運営されたり、グリーフケアに関わる方はもちろん関心のある僧侶、
 葬儀社、医療関係者など、死に直面する立場の多様な人達がつどい、出会える場に
 なればと願っています。


 この場で生まれるつながりが、静岡のグリーフケアを豊かにする一歩となりますように。

 



  「お寺からつながるグリーフケアin静岡」のご案内

 日時:5月30日(水)18時〜20時半頃(終了後 懇親会あり)
    ※受付は17時半頃より開始

 場所:蓮福寺 (静岡県掛川市肴町6)
    東海道新幹線「掛川駅」から徒歩5分
    

 内容:●「僧侶のためのグリーフケア連続講座」修了生による発表
     1)私の変化 Before&After 
     2)僧侶が生み出すグリーフケア企画 発表
    ●静岡で「死別」「いのち」」を支える活動

    しているゲストのショートスピーチ
    ● 参加者同士の対話、交流

 参加費:1,000円(当日会場にて)

 定員: 50名程度

 

お申込:こちらの<お申込フォーム>よりお申込ください。

※  5/6まで事務局は休業しております。

     お申込みへの返信は、5/7以降となります。※


来てほしい方:
  ・グリーフケアに関わっている方や興味のある方
  ・身近な人や大切な人を亡くされた方 
  ・このテーマに関心のある
    看護師さん、お医者さん、葬儀屋さん、石屋さん、学校の先生、カウンセラー
    宗教者(僧侶、牧師や神父,シスター等)、介護に関わる方、など

 

 

学んだお坊さんたちが学習発表の場、そしてつながりを広げる場を開きます。

ご関心のあるみなさまのご参加を、メンバー一同心よりお待ちしています。

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2018.04.13 Friday
【静岡】僧侶のためのグリーフケア連続講座第4講開催レポート

僧侶のためのグリーフケア連続講座 4講座レポート

 

はじめまして。第4講の参加感想レポートを担当させていただきます、静岡市清水区法泉寺・副住職の望月康寿と申します。

 

 

この講座も早いもので第4回、もう折り返し地点をすぎてしまいました。

私はこの講座に参加する前は、恥ずかしながら「グリーフ」「グリーフケア」という言葉をまったく知りませんでした。プレ講座があるという先輩からのお誘いもあり、また、少しでも自分自身の勉強になればと思い申し込みをしました。

 

プレ講座が終わったあと、改めて自分のこれまでの僧侶としての道を振り返ってみました。その中で、

「大切な人を亡くされたご遺族とのやりとりの中で、自分は果たしてその気持ちに寄りそうことができていただろうか?」

「仏教のおしえを説くことに偏重してご遺族の気持ちをないがしろにしてしまっていたのではないか?」

「もしグリーフケアという言葉を知っていたのなら、もっと違った言葉をかけることができたのではないか?」

と思い悩みました。そして、これを機にきちんと学びこれから先に活かせるようにと思い本講座に申し込みました。

 

 

4講は今までのようなグループワーク形式ではなく、特別講師をお招きして講義形式でお話を聞くというものでした。

最初は毎回恒例のチェックインから始まりました。今日のお題は「今の自分の気持ちを手拍子で表現する」でした。講座がはじまったころは、自分の順番が来るまで何を話そうかとあれこれ考えこんでしまいましたが、今では肩の力をぬいて自然に自分の思いを口に出すことができるようになりました。こころなしかみなさんも笑顔で答えることが増えてきたように感じます。

 

 

特別講師には真宗大谷派存明寺・酒井義一氏がいらっしゃいました。酒井氏は現在ご自坊で、ご遺族が集まり語り合う「グリーフケアのつどい」(以下:つどい場)を定期的に開催されています。

 

はじめはスライドショーを見ながら、酒井氏がなぜつどい場をはじめたのか、どうやって運営しているのか、気をつけなければならない点はなにか、などを講義形式で学びました。この講義の中で、酒井氏が大切にしている言葉をいくつか紹介してくださいました。

 

その中のひとつに「あなたの悲しみは、いつか誰かの慈しみになる」という言葉がありました。私たちは生きてきた中でさまざまな喪失を経験しています。しかし、その喪失から感じることというのは一人ひとり違うということをこの講座を通じて学びました。そして、それを一人で抱え込んでしまうのではなく、誰かに話を聴いてもらうことの大切をグループワークを通じて知りました。

 

 

 

このつどい場のような、喪失から感じたことを共有できる場がこれからもっと増えていけば、もっとたくさんの人が自身の喪失体験を悲しみだけで終わらせてしまうのではなく、誰かに寄りそい支えとすることができる。この言葉からはそんな可能性を感じました。

 

 

休憩をはさみ、後半からは酒井氏が開いておられるつどい場の体験をしました。まずは参加者になりきるためいったん外に出て、受付をするところからスタートします。

 

 

受付を済ませ参加者が全員集まると、本堂へと移動しお勤めを行いました。お勤めが終わると、会場となる部屋へと移動します。

 

 

 

部屋に入ると、ゆったりとしたBGMが流れていて、ロの字状に並べられた机の真ん中のスペースには綺麗な花が生けてありました。参加者がリラックスしてつどい場に参加できるよう、あちこちに細やかな配慮がみてとれます。

 

 参加者が揃うと、スタッフ役の方からつどいにおいて大切にしたいことの説明がありました。その約束事は、

  ・人の話を聞くことを大切にします

  ・今の自分を語ることを大切にします

  ・聞いたことは外部にもらしません

  ・話したくないときは話さなくてかまいません

  ・いたみが一人ひとり違うことを大切にします

  ・くりかえし同じことを語ってもいいのです

  ・時間を大切にします

 

 

7つです。説明が終わると、参加者の自己紹介がはじまりました。今日のテーマは「春といえば?」ということ。みなはじめて参加した人になりきり、緊張した面持ちで自己紹介をしていました。

 

 自己紹介が終わると、酒井氏からお話がありました。このお話のなかで、「WALKING TOUR」という動画が紹介されました。この動画は「亡くなった人と出会いなおすこと」をテーマにしたもので、2002年に公開されてからインターネット上で大きな反響を呼び、CDや絵本も出版されているそうです。

 

 

 

亡くなった人はいなくなってしまったのではなく、すぐそばにいる。見えないけれども、自分たちのことを応援してくれている。

とてもこころに響くものでした。こういった動画、歌、本などの作品はたくさんありますが、それらをすべて自分だけで見つけるのはなかなか難しいことだと思います。なので、「こんなものもあるよ!」という情報をこれからみなで共有できていけたら面白いと思います。

 

 

 

続いて、参加者が自分の思ったことを語っていく時間がはじまりました。一人ずつ順番に、今の自分の思いや今までの喪失体験から感じたことをゆっくり語っていきました。話をしている人以外はみな真剣に、全身で話を聴いていました。途中で涙声になったり、言葉に詰まってしまったりした人もいましたが、急かされたり遮られることもなく最後まで自分のペースで話をすることができている様子を見て、ここがとてもあたたかい場なんだと実感しました。

 

 

 

 つどい場の疑似体験が終わると、最後に感想の共有と質疑応答の時間がとられました。

「つどい場はどうやって宣伝しているのか?」

「新規の人が入りやすくするためにはどうすればいいか?」

「参加費の処理はどうしているのか?」

など多くの質問が飛び交い、さらにそこから発展していろいろな意見が飛び出し、時間ぎりぎりになるまで白熱したまま続きました。時間があれば、もっとみなさんの意見を聞いてみたかったです。

 

 

 

 今回の講座を通じて、前回までの講義で学んできたことが実際にお寺でどういう形で生かせるのか?ということがおぼろげながら見えてきた気がします。この場で学んだことを知識として自分の中に仕舞い込んでしまうのではなく、外に向けて活用し、これから先「お寺だからできること」を実践していけたらと思います。

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

(記録:望月康寿)

 

********************

 

<イベントのお知らせ>

 

僧侶のためのグリーフケア連続講座では、特別講として

「お寺からつながるグリーフケア」という修了式&学習プレゼンのイベントが開催されます。

 

静岡の地域においてさらに、「グリーフケアが当たり前にある社会」に向けた
広がりを大事にしたいと思います。

グリーフケアの知識を学び、体感的、実践的に「聴くことの力」を学ぶ
ロールプレイを重ね、僧侶としてこの学びをどう活かしていくのかを考える
プログラムを経て、得たことから

「グリーフケアを学んだ私の変化〜Before&After〜」

「僧侶から生まれるグリーフケア企画」

の発表を行います。

 

当日は遺族会を運営されたり、グリーフケアに関わる方はもちろん関心のある僧侶、
葬儀社、医療関係者など、死に直面する立場の多様な人達がつどい、出会える場に
なればと願っています。


この場で生まれるつながりが、静岡のグリーフケアを豊かにする一歩となりますように。

  「お寺からつながるグリーフケア」

日時:5月30日(水)18時〜20時半頃(終了後 懇親会あり)
   ※受付は17時半頃より開始

場所:蓮福寺 (静岡県掛川市肴町6)
   東海道新幹線「掛川駅」から徒歩5分 
   

内容:●「僧侶のためのグリーフケア連続講座」修了生による発表
    1)私の変化 Before&After 
    2)僧侶が生み出すグリーフケア企画 発表
   ●静岡のグリーフケア団体によるプレゼン
   ● 参加者同士の対話、交流

参加費:1,000円(当日会場にて)

定員: 50名程度

 

お申込:5月1日より受付を開始いたします。

来てほしい方:
 ・グリーフケアに関わっている方や興味のある方
 ・身近な人や大切な人を亡くされた方 
 ・このテーマに関心のある
   看護師さん、お医者さん、葬儀屋さん、学校の先生、カウンセラー
   宗教者(僧侶、牧師や神父,シスター等)など

 

学んだお坊さんたちが学習発表の場、そしてつながりを広げる場を開きます

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 15:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2018.04.05 Thursday
【横浜】【開催レポート】グリーフケアの基礎を学ぶ研修会第2回

真宗大谷派本願寺横浜別院神奈川教化センター企画広報部会主催による

3回連続研修会のレポートが届きましたので、共有させていただきます。

 

「第二回グリーフケアの基礎を学ぶ研修会を終えて」 

レポート 本願寺横浜別院 佐竹大樹

 

 

グリーフという言葉は、ここ2、3年宗門内外でグリーフやグリーフケアという言葉を聞く機会が増えてまいりました。各教区などでもグリーフケアの研修会が実施されています。いよいよ関心が高まっているのかなということを感じております。

 

第一回目の研修は「グリーフケアの基礎」という内容でした。一回目の研修を終えて感じたことは、今までグリーフと聞くと主に死別による喪失体験がイメージされましたが、実は死別による喪失だけでなく、喪失という感情は身の回りに起こってくる身近な感情であることが分かりました。

 

我々僧侶は、大小のグリーフの中でも、身近な方の死別を経験された家族と関わることが多く、そういう現場を数多く経験しています。死別としてのグリーフを、葬儀や法事の現場の中で遺族の気持ちに応えられていたかというと、研修を通じて自分の関わり方を見直さなければいけないなと感じるところもありました。今回の学びを通して、多くの人の様々なグリーフに応えられるよう学んでいきたいと思っております。

 

 

第二回目の研修会は「セルフケア〜自分自身を知る〜」という内容でした。概略ではありますが、私がお聞きした内容や感じたこと、参加者の雰囲気などを述べさせていただきます。

 

 

一回目の研修同様、まず初めにチェックインがあり、前回は今の気持ちを色で表すワークを行いましたが、今回は漢字一文字で、今の気持ちを表すワークを行いました。色は同じ色でもその人の感じ方など状態で色のニュアンスが違い、面白いワークだなぁと感じましたが、漢字の方がより具体的にその人の状態が表されバリエーションが豊かで複雑で面白いワークだなぁと思いました。

 

 

次に、セルフケアについて浮かんでくるイメージを書き出すワークを行いました。セルフケアという言葉を聞いて、個々がどういうイメージを抱いているのかを知るワークは、自分の理解や言葉の意味を掘り下げるいいワークだと思いました。このワークでは、大きく分けると、逃避(お酒、趣味、好きなことをするなど)とリラックス(温泉、睡眠、呼吸、自分を知るなど)に二分されることが分かりました。

参加者は、参加者ごとにそれぞれにセルフケアに対するイメージがあり、皆楽しそうにワークをしていました。

 

 

尾角先生は、セルフケアは「自分自身を大切にすることです。」と説明していました。また、セルフケアの種類には、回復・保つ型ともっと元気型の二種類があり、回復・保つ型は落ちているときにするセルフケアで、もっと元気型は楽しいことをしてもっと元気になるセルフケアであると説明がありました。

私自身も実生活の中で、気分がいい時、気分が悪い時があり、二つのセルフケアを使い分けていることがあるなぁと思いました。

 

 

続いて、なぜケアの現場で「セルフケア」が大切なのか、班ごとに話し合うワークを行いました。

 

私のいた班では、

・人をケアするには、自分のケアができていないと上手く人と関わることができない。

・自分のことが分かっていないと、人のことも分からない。

・人の話を聞くことは、聞く方にも負担になる。

・調子がいい時は聞けるけど、調子が悪い時は相手の話を聞くことができない。

・自分が安定していないと、相手に不安が伝わってしまう。

・健康な気持ちでないと上手く関われない。

などの意見が出てきました。

 

 

尾角先生は、「グリーフケアの現場においても、人の話を聞くことは聞く側にも負担になることがある。自身のセルフケアの方法を学ぶことは、その都度自分自身の状態を知ることで、自分をつぶさないため自分を守るために、何をすれば楽になるのかその方法を知っているだけでも自分を大切にできる。色んな人の辛い話を聞くには経験が必要であり、聞く側は相手の話を聞いて辛い気持ちやしんどい気持ちになることがある。そういう気持ちにならないためにも、自分自身を保つためにセルフケアが大事である」といった内容をお話しされていました。

 

つづいて、人の辛い話を聞くと辛い気持ちになるのは、共感疲労という現象が起こるからだと説明がありました。共感疲労は、相手の気持ちに感情移入し過ぎて苦しくなったり、事態が大きすぎて無力感や罪悪感や無意味感などに襲われる状態です。共感疲労を感じすぎないためにも、セルフケアを通して自分が感情移入しやすい状況や未解決な問題などを知っておくことが大事であると話されていました。

 

参加者が出した「セルフケアと聞いて思い浮かぶイメージ」

 

ここで一回目の休憩があり、休憩後、グリーフケアの現場で重要な3つのスキルについて話がありました。

まず、一つ目は、「気づきの力」。気づきの力は、外から自分を見る。客観視する。聞いている自分を俯瞰し、自分の気持ちを捉え直すことであると説明がありました。

 

次に、二つ目は、「ままに」。「ままに」というのは、自分が今落ち込んでいるんだなぁと、そのままに見る。落ち込んでいる私は駄目だとジャッジしない。そのままの状態を見る。ジャッジしなければニュートラルになる。ありのままを感じることがセルフケアになる。と説明がありました。

 

最後の三つ目は、「境界線」。境界線が曖昧だと自分と相手の境界が入り乱れることがあり、自分を守るために境界線を持つことが必要だと話されていた。また、相手と私との適度な距離感を保つために、匂いや服装などで境界を作る方法を紹介された。時間という境界を持つことも、継続的に話を聞きあえるように設けることが必要だとも話されていました。

 

尾角先生は、「ままに」という概念で変われたと話されていました。今死にたい気持ちなんだなぁ、と外から自分の気持ちを俯瞰して、ジャッジせずに自分の自然な気持ちに気がつき、自分を大事にするきっかけになったと。

 

ここで午前中の研修が終わり、昼食の時間はリブオンの方と参加者とともにお弁当をいただきました。

 

 

 

昼からの研修会は、まずロスラインの説明があり、自分の人生で言われたり、されたりして、嫌だったこと傷ついたことや嬉しかったこと、何を失ったのか何を感じたのかを線を引いて時系列にその出来事を画用紙に書き出していくワークを行いました。

 

ワークをした感想では、

・失ったものを認めたくないので書けなかった。

・参加者それぞれ感じたことや気付いたことがあった。

・失ったもので、向き合えるもの、向き合えないものがあった。

など感想がありました。

 

 

続いて、「分かち合い(自分を語る時間)」を体験しました。「わかり合い」には、トーキングツール(ぬいぐるみ)を用い、『ツールを持っている人が話をする・人と自分のグリーフを比べない・相手の話をままに聞く・話しても話さなくもいい・話したい人が話す』など、この場で大切にしたいことを全員で共有してからはじめていきました。

 

分かち合いの場を体験してみて、話しても話さなくてもいい・話したい人が話す・比べない・ただ聞くなど、単純なルールだけれども、安心してその場に居られいいなぁと感じました。特に「比べない」というのは、安心して自分の話ができることがわかりました。話しても話さなくてもイイというルールは、参加者主体で非常に良かったです。涙を流す参加者もあり、話をただ(ジャッジせずに)聞くという雰囲気もいいなぁと感じました。

 

 

次に、「つどいば」について、尾角先生と水口先生の対談形式で進められました。

水口先生「なぜ、つどいばを始めたのですか」

尾角先生「母を自殺で亡くし、あしなが育英会から奨学金をもらい大学に進学したが、奨学金をもらう条件が「わかち合いの場」への参加であり、「わかち合いの場」へ参加してみて、仲間たちの共感の力、場の力を感じたことが原体験となり、わかもののつどいばを作りたいと思いました」

水口先生「なぜ若者を対象としているのでしょう」

尾角先生「全国に若者を対象にしたつどいばが少なく、大人のつどいの場は若い人には年が離れていて参加しずらい雰囲気があるなど意見があり、わかものを対象にしたつどいばがあればいいなぁと思ったのがきっかけです」

水口先生「活動の根本の願いはなんですか」

尾角先生「私が必要としたから、若者が集える場を。辛い経験をしたので、同じ経験をした人と出会いたかった。こうした場を作ることが恩おくりと思いこの活動を始めました。」

など、対談形式で話されていた大まかな内容です。

 

 

次に、場づくりにおいて必要な、グランドルールや大事にしていることなどについて説明がありました。

 

・大事にしていることは、アドバイスやコメント、比べる、などしたくなるが、「ままに」を尊重する。

・語る時間については、話したくなければ、話したくない意思表示ができる。今考えていることを考えたり、表現したり、本人が何をしたいか、したくないのかを選べるようにしている。

・開催の頻度は、必ず定期的に開催されることで、行けるところがあるという安心感になる。

・当事者ミーティングは、当事者同士が、徹底的に聞くという関わり方をし、聞いたことを書き出し、視覚化し、関連付けていく作業をして、当事者同士が研究し、話し合って進めて行く場。

 

尾角先生は、グリーフという考え方を知ることで、それだけで変われる人がいる。「つどいば」を自分のセルフケアのために利用する人たちがいる。「つどいば」と「当事者ミーティング」の両輪で、生活がしやすくなっていく人がいることを紹介されていました。

 

 


最後に、自分にとってのセルフケアになっていることを、身体的、社会的、個人的、内面的の四つの傾向に分けて、書き出すワークしました。私のいた班では、全員僧侶であったが、個人的、内面的の傾向が多く、社会的な側面が少ない傾向がみられたのが印象的でした。

 

第二回目の研修会を終えて感じたことは、普段頻繁に顔を合わしている人でも、あたり前のことですが知らない一面があり、色んな経験をされて今日があるんだなぁと感心いたしました。言葉には出さないけれども、お一人お一人が様々な因縁に依って生きておられ、その因縁を私たちは人生と呼んでいます。

 

私は仏教から「人生に無駄なご縁一つもない。すべてが有難いご縁である」ということを学んできました。一人一人にはそれぞれの人生があり、その一人一人の人生が有難い尊い人生であります。私たちはそのことが分からずに悩み苦しんでいます。今日の研修会では「ジャッジしない」という考え方が紹介されましたが、私たちはやってきたご縁をジャッジして生きていることがあります。ジャッジする在り方がありのままに人生を喜ぶことを妨げている原因になっています。

 

「ままに」「ジャッジしない」という考え方は、仏教に通じるものがあると感じます。ジャッジしないそのままの人生が有難い、尊い人生であります。そのことに目覚めて欲しい、気づいて欲しいという願いが本願であり、佛の教えであると改めて思いました。

 

講座からのチェックアウトは「改めて、今の気持ちを漢字一文字で」

参加者全員で円になって

 

神奈川教化センターでは、三回目の研修会が終わり次第、グリーフケアを開催するため具体的に行動していきます。誰にも相談できずに悩みや苦しみを抱えて生きざるを得ない人たちのために、「人生に無駄な出来事(ご縁)は一つも無かった。これが私の人生でした。」と人生(ご縁)を丸ごと喜ぶ人が生み出されていくことを切に念じます。

 

以上、稚拙な文章ですが、第二回目の研修会の感想兼レポートとさせていただきます。

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 19:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2018.03.24 Saturday
【知多】【開催レポート】グリーフサポート連続講座in知多第2講「聴く力を育む」

今回、グリーフサポート連続講座in知多第2講「聴く力を育む」をレポートさせていただきます、真宗大谷派浄顕寺住職の秦慶隆です。

 

 

私とグリーフケアとの出遇いは、2016年7月8日、真宗大谷派の名古屋別院(東別院)で行われた尾張講習会での尾角光美さんの特別講義「なくした人とつながる生き方」でした。それまで、様々な悲しみを抱えるご遺族との関係において、自分の持っている言葉が足らず、心が右往左往することもままありました。

 

そのような中で、尾角さん及びグリーフケアとの出遇いは一つの光明でした。講義の中で紹介された「大切な人をなくした人のための権利条約」を七日参りの中で紹介させていただくようになりました。その言葉にリアクションがあると、出遇えて良かったという気持ちとともに、もっとグリーフケアについて知りたいという気持ちも増してきました。

 

そしてこの度、知多半島に点在する30ヵ寺からなる真宗大谷派名古屋教区第2組の教化事業の一つとして、尾角さんが立ち上げた一般社団法人リヴオンさんとともに、グリーフサポートについての5回の連続講座を行うことになりました。これ幸いと参加した次第です。

 

 

2018年2月16日、武豊町の皆満寺様で2回目を迎えました。テーマは「聴く力を育む」です。今回はリヴオン理事の水口陽子さんと、先にリヴオンで学ばれている岐阜の僧侶、五藤広海さんに来ていただきました。

 

第1回目では、ワークを通して、聞くことの難しさ、また、聞いた事柄を纏めて他人に伝える難しさを実感しました。それを受けて、今回の「聴く力」、どう育まれていくのでしょうか?

 

 

真宗宗歌斉唱後、恒例の「チェックイン」から始まります。講座における「チェックイン」とは、お互い現在の心身の状況など、一人一人の状態を共有することです。

 

今回は6人で一つの組になりました。チェックインテーマは「今日ここに来るまでに目に止まったもの」でした。私は会場まで自動車で来たのですが、道中の風景をほとんど覚えていません。カーナビの登場とともに、風景を覚えながら運転することがなくなった気がします。運営のサポートをする為に、昼食を買って早めに着くことになっておりました。

 

そして、最後の交差点にコンビニが2軒あり、「セブンイレブンとローソン、どっちで昼食買おうかな」と考えていました。そうです、私の目に止まったものは「2軒のコンビニ」だけでした。

 

しかし、他の人のチェックインを聴くとどうでしょう。人や自然、解体中の建物、古い家、建築中の家、道路工事、実に色々な事を見ています。視点は人それぞれなんだと実感しました。

 

 

そして、水口さんのお話が始まります。

合図に使われるベルの音をじっくりと聴くことから始まりました。

 

今回のテーマ「聴く力を育む」の目的を話されます。

 

あり方として、他者をケアするためにも自分自身を知ることと、セルフケアがベースにある状態。スキルとして、「聴く」に必要な具体的方法を身につけることです。

 

また、今回が初参加となる人もいるので、場のルールの再確認や約束の共有をしました。

 

 

「ミニワーク」が始まります。

「きく」を感じてみる時間です。

2種類の聞き方を試してみるものです。

 

一つは聞きたくない感じ・態度で聞くこと、もう一つは大切に聞かせていただく感じで聞くこと。

「うれしかったこと」を話のテーマとして、水口さんと五藤さんで例を実演してもらいます。

 

それから私たち参加者も2人1組になり、2種類の聞き方を体験してみます。交互に聞き役と話し役をします。

ワークをしてみて、よく話してもらうためには、聞き方が大切なんだということを実感しました。聞き方で話し手の話しやすさが変わってくるのです。

 

 

ワークを受けて、水口さんが「聴く」に必要なあり方について話されます。

 

「聴」という漢字は「耳」に「+(プラス)」して「目」と「心」でできているということ。

 

沈黙は何もない時間ではないということ。沈思黙考の時間でもあるということ。

 

ままに、ありのままにそのままに、たとえネガティブな言葉が発せられたとしてもまずはそのままに受け取るということ。その真意を探るということ。

 

そして、聞いている自分自身を知るということ。

 

 

 

休憩からの再開後は、「ロスライン」の「ワーク」になります。

 

「ロスライン」とは、自分が生まれてきてからこれまでの「喪失」を振りかえり、ひとつの線で表現するものです。グリーフは「死別」からだけしか生まれるものではなく、何かの「喪失」から出てくるものがグリーフであること、得ることで失うことも「喪失」だと説明がありました。例えば結婚するということは独身であることを失うこととか。

 

色々な線の書き方が例としてあげられましたが、私は単純にB4の紙に真ん中に真っ直ぐな横線を引き、年齢で目盛りを取り、ロスしたことを書き入れていきました。

得度したこと(髪を剃ったこと)、財布を無くしたこと、車上荒らしにあって色々盗まれたこと、フラれたこと、バックアップをサボっていたときに限ってPCが壊れること、等々。作成後は2人1組になって、作成したロスラインを話して共有することになっています。

 

私の今回のパートナーさんは、横軸に時間、縦軸に幸福度を取って、曲線を描いていました。

戦争を原因として、幼少期から近親者との死別を経験しており、さらに、人生の所々に身近な人やペットとの死別がありました。聞いていてとても悲しくなりました。

 

 

私においては、父方の祖母は私の生まれる前、祖父は幼少の頃に亡くしており、また、母方の祖父母は健在で、自分自身には大きな死別の経験がありません。経験はありませんが、想像し共感することはできます。

 

ワークをしてみて、自分のロス経験は話しにくいことに気づかされました。もしかすると、人に話す以前に思い出したくもなくて、このワーク内で全然振り返らなかったロスがあったかもしれません。まず自分のグリーフを聞いてもらうことによって、グリーフを話す人の心情がわかりました。

 

 

「聴く」「対話」に必要な5つのスキルについても話されました。

 

一つ目は気づく力(Awareness)。これは何に気づく力かと言うと、自分の状態や状態の変化に自分が気づくことの力だそうです。この力が足りないと、人の話を聴いていて、例えば自分がしんどくなっていったとき、それに気づかず話を聴き続け、いつの間にか自分がとてもしんどくなってしまうということです。

 

ここで「ボディスキャン」というワークが始まりました。

人のグリーフを聴いたときの自分の変化を絵に書き入れていきます。

ここでは私は気づく力があまりなかったのかもしれません。それほど深くは書き込めませんでした。

 

 

二つ目は境界線を置くこと。それは共感疲労(二次的外傷性ストレス障害)を防ぐ為に必要なスキルだそうです。共感疲労とは文字通り、共感しすぎて疲れることです。これは自分と他人との距離感が近すぎる為に起こります。しかし、相手の話を大切に聞こうとすれば、距離は近くなってしまいます。そこで自分と相手の間にお互いに心地よい境界線を置きます。感情移入しすぎないように、見えない壁を置いてみる、そんなイメージです。

 

 

2回目の休憩から再開後、生き心地ラインの紹介から始まります。生きたい、死にたいという気持ちの揺らぎは自然なことで、死にたいという気持ちから生きたいという気持ちに心地を戻っていく手段が3つ目のスキルであり、あり方でもある「セルフケア」です。

 

まず「セルフケア」からイメージすることを書きだすワークをしました。

私は「食べる」「買う」と書きだしました。

 

自分自身を大切にすること、時間、それがセルフケアで、具体的な内容は人それぞれです。

セルフケアは回復型ともっと元気型の2種類あり、3つの要点が説明されました。

 

 

そして五藤さんに担当が替わり、セルフケアの傾向を知るためのワークになりました。

横軸に、個人的←→社会的を取り、縦軸に、身体的←→内面的を取ったグラフの中に、自分のセルフケアを書いた付箋を貼っていくものです。私は「コーヒーを飲む」「チョコレートを食べる」「スイーツを食べる」「子どもと遊ぶ」「2度寝する」と書いて貼っていきました。

 

ここでも他の人の発想に感心しました。例えば麻雀は人によっては個人的なゲームにもなるし、社会的なゲームにもなるということ。

 

 

水口さんに戻り、セルフケアの重要性が説明されました。人を支える為に、自分が倒れないよう、自分が生き続けられるよう、セルフケアが大切なんだと。

「大切な人をなくした人のための権利条約」の第4条が朗読されました。

 

四つ目のスキルとして「鏡」であること(ミラーリング・リフレクション)が説明されました。相手の鏡になり、相手に相手の状態を気づかせることです。

 

五つ目のスキルは「私」を主語にすること。「私」はこう感じたと伝えること。

 

 

最後に「チェックアウト」。今回の「チェックアウト」のテーマは、今日寝るまでの間に取り込むセルフケアを3つ考えて共有することでした。私は「チョコ食べて、コーヒー飲んで、早く寝る」ことを今日したいセルフケアとしました。輪になり、恩徳讃斉唱で終了です。

 

 

この第二回目では、ロスラインのワークの為か、とても疲れた気がします。自分の喪失を話す難しさ、辛さ、それを聴く難しさ、辛さを実感した回となりました。色々な難しさを実感するばかりで、自分のあるべき姿がなかなか見えてはきませんが、今回知ることのできたいくつかのキーワードとともに、日頃から聴いていきたいと思います。

 

 

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 18:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2018.03.24 Saturday
【開催レポート】「グリーフケアの基礎を学ぶ研修会」in本願寺横浜別院 第1講

今回、「グリーフケアの基礎を学ぶ研修会」in本願寺横浜別院第1講「グリーフケアの基礎」をレポートさせていただきます、真宗大谷派本願寺横浜別院列座の家本久和です。

 

 

 

 

 

真宗大谷派本願寺横浜別院は、北は北海道から南は沖縄まで点在する53別院に一つです。

 

本願寺横浜別院は神奈川4ヶ組寺院63ヶ寺に崇敬いただいており、横浜市港南区の現在の地に「伊勢佐木町ブルース」で有名な横浜市中区長者町から40年ほど前に移転してきまして、約110年の歴史があります。

 

 2016年に別院内に「神奈川教化センター」という組織を発足し、神奈川の教化の中心地として、神奈川4ヶ組寺院と共に教化活動を行なっています。2017年の初春に教化センター内の企画広報部が発案して、グリーフケア事業を開始することに決めました。正直、最初はグリーフケアという言葉自体も聞きなれない言葉で、企画広報部のスタッフの中でも様々な議論がなされました。

 

 

そういったことから、まずは「グリーフケアとは何か?」という視点から、すでに自坊においてグリーフケアの会を立ち上げておられる、真宗大谷派存明寺住職である酒井義一氏にご出講いただき、公開講演会を2017年9月29日に開催しました。参加者は40人を超える数となり、大変盛況であり、関心の高さを伺える出来事でした。その時に初めてリヴオンの水口陽子さんとお会いすることになり、別院おいてグリーフケアの会を立ち上げるための準備に取りかかりました。それから、幾度も打合せをおこない、2018年3月8日に第1講となる研修会を開催することができました。

 

 

申込みも定員いっぱいとなる22名となり、寺院の住職、若院、坊守、門徒、企画広報部スタッフと様々な立場で参加されました。年齢においても、下は31歳から上は80歳までと大変幅広い世代間となり、和やかな雰囲気で始まりました。

 

 

そもそも、神奈川教化センターにおいてグリーフケアを取り入れるにいたった経緯は、時代の要請に応えるべくということでした。この経済至上主義の現代において、色々なグリーフが存在しています。人間として本来は、悲しい時に悲しかったり、嬉しい時に嬉しかったりするのが、ごく普通の感情であると思いますが、それが見え難くくなっているわけです。可視できない理由は様々あると思いますが、それが現代という社会だからという言葉で表現できるかと思います。

 

 

前置きはこれくらいにして、研修会の内容に入っていきたいと思いますが、まず、参加者全員で大きな輪を作り、今の状態を色で表現し、自己紹介をすることになりました。

「えっ、色で表現するの?」

といったことは一度もしたことがない体験だったので、不思議な感覚になりました。皆さんの話を聞いていると、色も濃い○○色から、薄い○○色、三原色の色など、それぞれが思い思いにこの研修会を受講することにしたというがヒシヒシと伝わってきました。

 

 

 

 初っぱなです。「My Goal」つまり私が研修を通じて一番学びたいこと、得たいことは何ですか?というところから、うーんと悩んでしまいました。

 うーん、うーん、と悩みながら、「他人の感情にどのように寄り添えばよいのか?寄り添う姿勢を学びたい」と書いてみました。寄り添うって簡単そうで、難しいですよね。僕だけじゃないことを祈りたいですが…。

 

 

 次に、「大切な人、ものなどを失うことによって生じるその人なりの自然な反応、感情、プロセス」、それが「グリーフ」であるとまず研修会冒頭でお話しいただきました。なんか、大切な人を失った悲しみだけがグリーフのような気がしていましたが、そうじゃなかったんだと、深く頷きました。知らないことがいっぱいありますね。

 

 

 

さー、ワークの時間がまいりました。題して、「イロイロワーク」です。あなたが大切な人(もの、関係性、自分)を失ったときに生まれてくる感情をあげてみましょう、また、オノマトペ(擬音語、擬態語)などで表してみましょう。そして、色や形で表現してみます。

えっ、感情を擬音で表わす?それも色鉛筆を使って描いて??そういえば、いつの頃からか絵を描かなくなったなぁ…。いっちょ描いてみるかと、描いてみたものの、難しいものですね。5種類くらい描いて、参加者全員で持ち寄って、鑑賞してみました。どれとして、同じ表現はないんだと、またこの発想はなかったと、発見することばかりでした。

 

 

 

 やってみての気づき、それはやっぱり一人ひとり発想が違っているということですね。まるで指紋のように。うーん、奥深い。

 

 

グリーフの影響は多岐にわたるということで、4つに分類してお話しいただきました。

「心理的影響」「身体的影響」「社会的影響」「スピリチュアル的影響」ですが、その中で「社会的影響」に過活動があります。本人は気づきにくいそうですが、悲しみを払拭するためにむしろ働きまくるということでしょうか。そう言えば、そんな状態の人って確かにいますね。何かを忘れるために、仕事に精を出すとか。これもグリーフの影響なんですね。あと、グリーフは乗り越えるものじゃなかったんだと、これも知らないことでした。

 

グリーフの基礎の内容に入っていって、知らないことばかり、考えたことがないことばかりの連続でした。

 大事なのは「一人じゃない」「自分だけじゃない」「ここなら受けとめてもらえる」場があるということ。

 

すごいキーポイントですね。自分にとってその場所はどこにあるのか…。まだ答えがでないと感じました。あるような、ないような、そんな場所って、一体なんだ、と。

でも、そんな場所があれば大変素晴らしい世界が広がりますね。

 

 

 

 

もう一つのワークです。僧侶が関わるグリーフケア(死別の支え)とそれ以外の人(医療者、カウンセラー、遺族支援のNPOなど)が関わるグリーフケアにはどんな違いがありますか?

 

上記テーマを班ごとに話し合い、模造紙を使って書き出す作業をしました。考える角度によって、全然人と違った意見が出るわ、出るわで、あっという間に模造紙が文字で埋まってしまいました。一つのテーマについて、みんなで考えるって大切なことですね。小学生のときの班ごとの作業の雰囲気を思い出して、それだけでも楽しかったです。

 

 

 

 

 ここでは、違いについては言及しません。この文章を読まれた方ご自身で一度考えていただければと思います。と言っても、なかなか考えられないのもまた事実ですが…。

 

 正直グリーフケアについては、言葉で表現しづらく限界があると書いていて思いました。やはり、実体験(ワーク)を行なうことで、身の事実からしか出発点はないんだなぁーと、そう思ったわけです。しかしながら、仏教においてグリーフケアを考えた時は、“はじまりとしての「死」が確かにありました。

 

まだまだ書き続けたいところですが、これからの第2講・第3講を楽しみにして今回はこのあたりでペンを置きます。

 

(文責:家本久和

 

 

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 17:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2018.03.21 Wednesday
【静岡】僧侶のためのグリーフケア連続講座第3講開催レポート

第3講「聴く力」を身につける レポート

 

こんにちは。

第3講の参加感想レポートを担当させていただきます三島市 真宗大谷派真成寺の土屋慶史です。

 

○はじめに 

 さて、2月21日、本講座の第3講が掛川の蓮福寺会場にて開催されました。講義、ワークショップを通じて「聴く力」を身につけつつ、その大切さを学びました。寺院というのは人の生死、あるいは生活にまつわる相談事が持ち込まれることも多く、僧侶に限らず寺族もその「聴き手」になることは少なくありません。そんなこともあり、近年、伝統仏教教団の中にもカウンセリング技術への関心があり、宗派によっては「僧侶のためのカウンセリング研修」というものも開催されてきました。対人援助技術がもたらす、その豊かな知恵やスキルに学びつつも、どこか僧侶側に「カウンセラーと僧侶は違うのではないか?では、その違いはどこにあるのだろうか?」というあやふやとした問いがあるのも事実でした。「聴く力」に学びつつも、その問いと向き合った1日となりました。

 

○読書感想文と模造紙をつかったワークショップ

 まずはチェックインにてそれぞれの気持ちを自己表現した後、各参加者、あらかじめ「共感」と「聴く」をテーマに本を読んだ後、その感想文を人数分もちより、それを全員で共有することから始まりました。

 

付箋のいっぱい貼られた本 見っけ

 

 

続いて、実際の寺院の現場で当事者とのやりとりで後悔したこと、戸惑った経験を元に模造紙とポストイットを用い、それぞれの事例を抽出し、班別で検討しながら、最終的には全体として共有しました。「自死遺族との関わりにおける声のかけ方」「会話における沈黙の大切さ」「思わず、望まれてもいない説教をくどくどとしてしまった」「言えたこと、言えなかったこと、両面に反省がある」等々、それぞれの現場における具体的なケースが報告されました。また、そういった事例を踏まえ、「宗教者、家族の死、あるいは良い家族ということに対して、思い込みや幻想があるのではないか」という指摘がなされ、むやみに想像してしまい、不要な空回りをしがちな私たちの有りようが確認されました。

 

それぞれの後悔がまた次につながる学びへ

 

○ロールプレイ

 まず3人1組となり、それぞれに遺族役、僧侶役、観察役となり、あらかじめ用意されたシナリオを元にロールプレイを行いました。それぞれが役割を交代しつつ、実際の対応を主観、客観の立場から検討していきます。

 

仏さまを前に聴くというのも特別・・・

 

「わかっていても沈黙を大切にするって難しい」

「当事者と僧侶が子どもの死をやりとりの中でどのように共通認識として深めるか」

「答えなくてはいけないという思い込みが問題である」

「間(ま)の大切を知った」

 

等々、意見が共有されました。

 

実行委員の元浄さんと杏さんによる合作!

 

「カウンセラーと僧侶の違い」

ここで話題になったのが冒頭で述べた「カウンセラーと僧侶の違い」でした。例えば「死んだ息子はどこに行ったのか」「天国に行ったのか、地獄に行ったのか」など、直接、死生観にまつわる問いかけの場合、死生観について具体的な世界観が教義にある宗教者ならではの対応があるのではないか、ということが意見として上がりました。その上でファシリテーターから「その宗教や世界観の全てを代表し、背負う必要はかならずしも無く、〈私は〜と信じています〉というI messageのほうが伝わることがあります」という言葉は一同、膝を打つ思いでありました。「仏教は」「○○宗では」という前提では僧侶自身、背負いきる自信が無くとも「私は」ということなら、自分の責任でアプローチできるからです。

また、(宗旨にもよりますが)定例の法話会に力を入れている宗派においては、その例会がグリーフケアの集いの役割を果たしている場合もあり、宗教者ならではの教化事業としてのより積極的な関わりを検討してみても良いのではないでしょうか。

 

○「共感もどき」〜お悩み相談の輪

 最後のワークは全員が輪になり、参加者のひとりが日常のささいな悩み事を告白し、それを聴いた他の参加者が、ファシリテーターがあらかじめ指示した内容にしたがって助言するものでした。(手元にある紙、指示は互いにみせあわない)

 指示の内容はここでは割愛しますが、それは相談されたときの共感のように見えて共感でない「もどき」「うっかりしてしまいがちなNGアドバイス」でした。被相談者(この場合は僧侶役)が善意で、つい良かれと思ってするアドバイスがどのように相談者を傷つけ、突き放してしまうのかを体験し、無意識に上から目線に立ってしまう恐ろしさについて学びました。

 

左端にいるのが今回のブログのレポーターでもある 土屋さん

 

○まとめとチェックアウトの講義

 「共感には治癒する力がある」ということを大切にしつつ、「聴く」ということがどういうことなのか、基本的な姿勢、発言の在り方についての講義。特に「聴く」上で必要とされる4っつの姿勢は僧侶側の対人援助技術の原則とも受け取れ、とても実践的でした。また、その上で些末な「スキル」の問題ではなく、「あり方」から聴くことの重要性も押さえられました。また、「聴く側」にとって時として「話を聞き過ぎてしんどくなる」こともおうおうとしてあり、そういった事態をさけるためにも「あらかじめ時間をくぎる」等、自分の心を守る工夫にも触れられました。

 

○おわりに

 今回は極めて具体的、実践的にワーク、講義を通じて相談者とのやりとりについて学びました。また、同時に宗教者としての役割を再確認した講座でした。これからの課題としては、では具体的に枕経、通夜、葬儀等の儀式の現場でどのようにこれらの実践的な対応が生かせるのか。もしくは寺院という現場でグリーフケアそのものをテーマにした集いが運営できるのか、その知恵と運営上の技術が必要とされると考えます。それはこれからの講座の主題であり、これまでの3回はそのための準備運動ではなかったのではないでしょうか。全7回、講座が終了するまで気を抜くことはできません。

 

真宗大谷派 土屋慶史

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2018.03.13 Tuesday
【知多】【開催レポート】グリーフサポート連続講座in知多第3講「お寺×グリーフサポート」

今回、グリーフサポート連続講座in知多第3講「お寺×グリーフサポート」をレポートさせていただきます、真宗大谷派寺院の住職です。

 

本年1月25日より始まった本講座も今回で3講目を迎えることとなりました。

これまで2回の講座を経験し様々な形でグリーフを学んできたことが、今回のテーマ「お寺×グリーフサポート」という方程式の中でいかなる化学反応を生みだすのか、期待とわずかな不安が交じり合う中、私たちの講座はスタートしました。

 

 

今日もいつものようにチェックインを行い、講座の学びの場に入っていきました。

まずは本講座のファシリテーターのおひとりである尾角光美さんより、グリーフについての概要のおさらい、そのプロセスや行動など、ご自身の体験や事例などの紹介を通して、わかりやすく丁寧にお話しくださいました。

 

 

尾角さんの話し方は、とても親しみやすく、それでいて言葉遣いが慎重です。それが一つの原動力となって、多くの人々が耳を傾け、グリーフという繊細な活動が大きな動きとなり、様々な形をとって日本各地に「場」を生み出してきたのではないかと思います。

 

 

次に、「ご遺族との接し方で後悔していること」と言うテーマでの対話型演習と共有を行ないました。

このテーマは、僧侶として活動し始めて以来の重要課題の一つでした。

 

多くの現場を経験し、数え切れないほどの失敗を繰り返す中で、いつしかその課題にも悪い意味で慣れてきてしまっておりましたが、改めてその姿勢を問い直すきっかけとなりました。

 

 

2つ目のテーマは、「ご遺族に対してできたこと」を共有しあいました。

それぞれがお話された事例はあくまで日常の中でのごく一部のものであり、時機と状況の中でいかに相手に寄り添い共感することが出来るかが、本質的な答えに繋がるのではないかと思いました。

 

 

2つのテーマで話し合った後に、リヴオンで学ばれた僧侶や寺族の方達がどのようなグリーフケアやサポートを行なっているのかという実践事例を学んでいきました。

情報を届けるだけでもグリーフの支えとなることは、なかなか知られていないことだと思いました。

 

またその講義で尾角さん自身も、「とても難しいことで、毎回百点満点の対応ができるわけではない。」という旨のお話をされていました。完璧じゃなくてもいい、唯一の正解なんてない、という姿勢は、今後我々が他者のグリーフに向き合うときに、大きな後押しとなるであろうと感じました。

 

 

実際の実践事例について学んだ後は、体験型の学びとしてワークを行なっていきました。

今回は「亡き人への想いを言葉にする」というグリーフワークのひとつとして、お手紙を書いていきました。

 

ちなみに今回の研修会オリジナルのものを開発しようと執行部のメンバーで名前を考え、携帯電話の「ショートメール」と「浄土」から連想された“Jodo Mail”というメッセージカードに、お浄土で待つ亡き人に向けて想いをしたためていきました。

 

 

この秀逸なる名称と、携帯のショートメールのような手軽さが功を奏したのか、参加者それぞれが、思いのほか素直に亡き人と向き合うことが出来たように思います。その後の共有の時間では、人によっては涙を流しながらそれぞれが綴ったメッセージを読み上げ、聞く人も真剣にその言葉を聞いておられました。聞くという姿勢も、この講座を通して、少しずつ育まれてきていると感じる瞬間でもありました。

 

また参加者に先立って、ファシリテーターの水口さんが亡きご主人へのJodo Mailを書かれ、発表してくださいました。主催者の方が参加者と同じ目線に立っていてくださったからこそ、参加者が重い心の扉を開く大きな力になったのではないでしょうか。

 

 

最後にチェックアウトとして、班ごとに一人ずつ本日の感想を述べていき、今回の講座は無事に終了しました。回を追うごとに、グリーフワークという独特な講座のスタイルにも慣れてきて、みんなが肩の力を抜いて参加することが出来るようになってきました。参加者同士もより親密な関係が築かれてきて、何か一つの世界観を共有する仲間のような意識も芽生え始めたような気がします。

 

 

この講座が今後どのように展開してゆくのか、一人の参加者として楽しみにするとともに、この輪がいかにしてより多くの人々を包んでゆくことが出来るのか、課題をもって残り2回の講座に携わらせていただきたいと思います。

 

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 18:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
2018.02.21 Wednesday
【静岡】僧侶のためのグリークケア連続講座第2講開催レポート

はじめまして。

第2講の参加感想レポートを担当させていただきます静岡市清水区一乗寺・住職の丹羽崇元と申します。

 

 

私は数年前、お寺の今と未来を考える「未来の住職塾」の2期生として、東京の光明寺さんにて連続講座を受講しておりました。その卒業フォーラムのゲスト講師さんが、リヴオンの尾角光美さんでした。

 

 初めて聞く「グリーフケア」という言葉やご自身の実体験を拝聴し、胸を揺さぶられました。折しも新米住職として始動したばかり、日毎にご遺族の方と向き合う場面も増えていた私にとって、まさに学ぶべき喫緊の課題であると強く感じました。

 その後、機会を逸しておりましたが、今回の静岡校開講に伴い、矢も楯もたまらず受講させていただきました。

 

 

「いまの皆さんの気持ちを、色に例えてください。」

 日常から学びの場に入るためのチェックインの時間で、第2講はこのような言葉から始まりました。‟色“と聞いて、僕はとっさに「海の青」と答えました。実は、この会場に来る前…ボーっと海を眺めていたからです。いつもなら、そんな時間はなかなか持てないのですが、その前日たまたま近くのお寺でお唱えの講習会があり、海辺だったので少し立ち寄ってみたのでした。

 

 参加者の皆さまと会うのは、およそ二回目。まだ、どんな方かも詳細に存じ上げないのですが、毎回このチェックインの際にそれぞれの個性が垣間見えるので、何とお答えするのか密かに楽しみにしております。

 

 

 さて、今回のテーマは『自分自身を知る時間』です。

 

 はじめに、ファシリテーターの水口陽子さんからこんな言葉をいただきました。

 「みんなが先生、みんなが生徒」

 

大切な人やモノを失った‟グリーフ“を学ぶ道程では、お互いのことを知り、自分の感情にも深く入っていきます。一人一人が違うものを持っているからこそ、これから共有する場は、『みんなにとっての学びの場なんだ』ということを改めて認識いたしました。

 

 そして、まずは宿題の確認!前回出された「お寺の女性(異性)的視点で見たグリーフケアを考えてくる」という題目を3分間、隣席の方とトークしました。お寺の窓口は、何も住職だけではない。寺族さんや坊守さんなど、お寺を支える全ての方が学びを深め合えたらいい、というのが共通の見解でした。また、男女には‟立ち直り“の違いがあり、男性がより引きずる傾向にあるという指摘が興味深かったです。余談ですが、以前聞いた『女の恋は、上書き保存。男の恋は、名前を付けて保存』という言葉を思い出しました。

 

 

 失恋もグリーフの内だということをメモしつつ、最初に行ったのは、そうした自分のこれまでのグリーフと向き合う「ロスライン」というワークでした。人それぞれ違う人生の道を一本の線で表し、その線上に「失った出来事」を書きます。まずは自分が何を喪失としてとらえているかを確認しその上で、相手のグリーフに触れる際は、いま大切なグリーフのお話をされているということを意識しながら拝聴いたしました。

 

 

 続いて、本日のメインテーマでもある「セルフケア」について学びました。はじめ、セルフケアと聞いて、「自然治癒力?」といったイメージが頭に浮かびましたが、実際はもう少し自発的に「自分自身を大切にする」という意味が込められていました。

 なぜ、セルフケアが大切かというと、自分が倒れてしまわないようにするため。これは、他者をケアするには、まず自分のコンディションを整えることが重要になるからです。確かに、例えば自分が絶不調の時に誰かの支えになるのは困難なことです。

 

 まず自分自身の状態を知り、その上で相手と心地よい距離感を保つ。これが、「共感疲労」に陥らない方法だと知りました。(※共感疲労とは、ケアする側が相手の感情に巻き込まれ、当人と同じような心理的疲労状態に襲われてしまうこと。)以前から、独学で「お悩み相談」のようなことをしておりますが、‟とにかく、相手の気持ちになって寄り添おう“という気持ちだけで接することが多く、共倒れに近い状態に陥ることもありました。重い相談の前には、多少身構えることも大切だということを学びました。

 

次に、「セルフケアの地図」を描くというワークを行いました。これは、一枚の紙の上にスタート(※自分の今の状態)からゴール(※セルフケアできた状態)まで線を書き、その間にマイルストーン(※セルフケアの手がかり)を選定するというものでした。その際、雑誌や写真を切り張りし、イメージを膨らませる‟コラージュ“という手法を用いました。

「不足しているもの・労るもの・欲しているもの」が多すぎて、3つ選ぶという作業に一番時間がかかりましたが、自分にとっての「セルフケアの傾向」も明確に見えてきました。

 

 

 最後は、『お寺だからこそできるセルフケアとは何か』を考え、班で発表しました。仏事そのもの、ヨガ、写経、寺カフェ…と、具体的なイベントが出てくる中で、仲間同士で参究するこうした時間こそが、実は一番良いセルフケアなのではという気がしてきました。

今日は、ワークの多い回で、個人的には大変楽しく学習することが出来ました。相手のグリーフを伺う際は少し緊張し、自分の話をした後はとても疲れましたが、言葉以外の方法を使って表現することで新たな発見や自分の現状を知ることができ、より具体的な感情を探すことが出来ました。いま思えば、冒頭の「海を眺める」という時間も、自然に行っていたセルフケアだったのかもしれません。

 

チェックアウトの際、「改めて、今の気持ちを色にすると?」と尋ねられ、今日はいろいろな色が目に飛び込んできたので「青い海に虹がかかったようです。」とちょっとキザっぽく答えました。しかしながら、この虹はよくある綺麗なラインのそれではなく、実はまだ形がぼやけていました。今後、グリーフケアの講座を通して、この色や線が鮮明に見えるよう研鑽していきたいと思います。

 セルフケアの要点として、「仲間との共有」があります。この学びの場で、同じ志を持った仲間に出会えたことに感謝し、これからもこの仏縁を大切に歩んで参りたく思います。

 

(文責:丹羽崇元)

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2018.02.18 Sunday
グリーフサポート連続講座in知多 第一講 開催レポート

 

今回、グリーフサポート連続講座in知多第1講「グリーフの基礎を学ぶ」をレポートさせていただきます、真宗大谷派皆満寺住職の永尾圭吾です。

 

My Goal(私の目標)を発表している永尾さん

 

さて、この度、リヴオンさんの心強くも優しい尽力を得て、愛知県南西部に位置する知多半島に点在する30ヵ寺からなる、真宗大谷派名古屋教区第2という公式な団体の教化施策の根幹事業として、地域にグリーフサポートの種を蒔こうと、5回の連続講座を行うことになりました。企画立案から実質約半年、一時はどうなることかと冷や冷やでしたが、2018年125日、半田市の雲澤寺様で初回を迎えることが出来ました。

 

わたしたち第2組に於いては、これまで東日本大震災を機に、そこから問われた課題から仏法の学びを問い返すことを大切にしてきました。仏教は「喪失」から現れる悲しみの姿、その人の悲しみに生きる道を切り開いてきたものです。そして仏事はその悲しみをどのように生きていくのかを共に考えていく大切な場として相続されてきたように思います。私たち、浄土真宗の歩みも目の前の悲しみを抱えて生きる人と共に、自分もまた悲しみを生きる一人の人間であったという目覚めに於いてお念仏の道を確かめてきた歩みである様に思います。

 

ですが、現代社会に於いて悲しみは、仏事や寺だけでは到底抱えきれないほど多種多様な姿を持つようになり、寺や地域がそれを受け止められなくなってきました。私も寺を預かっていますが、正直に申し上げて大切な方を亡くされ悲しみを抱えたご門徒の方々と向かい合えない、逃げてしまう。そんなこともしばしばです。良かれと思って言ったことがかえって相手を傷付けてしまったり、無意識に無神経なことを言ってしまっていることが多々あるんだと思います。そういうことを思ううちに怖くなって、なかなか世間話や、当たり障りのない範囲でしか仏法のことも話せない、ご門徒からも胸の内をお話しいただくことが気付けば無くなってきている。聞くスキルも話すスキルもない私にそんなこと期待すらされていないかも知れません。ですが、そのいざって時にじっと話が聞いていける、そういう私と場所でありたいという願いは持っていました。なので、そんなことを感じたり、感じないようにしながら過ごしながらも、どこかでお寺を開いていきたい。人が繋がっていく、繋げていけるようなことが出来ないだろうか、そんな試行錯誤をしていました。

 

そんな中で持ち上がったのがこの企画です。地域にグリーフサポートを生み出していく。寺がハブのようになって人が繋がっていけることができるかも知れないということを知りました。そしてそのことは僕らが願っている寺の働き、仏事の働きを問い返していくこと、回復していくようなことだと感じたとき、その輪に加わりたい、学びたいと思いました。

寺と社会が繋がり、社会の動きから問われることを通して、寺の働き、仏事の働きを問い返していくこと。そこに仏教が本当に生きていく力としてはたらく教えとなる道が開かれていく、本当の意味での仏事を回復していく、再生していく、そういう願いをもってこの講座が始まったのです。

 

さて、と言うことで、今回はそんな待ちに待った?グリーフサポート連続講座in知多 第1講「グリーフの基礎を学ぶ」です。

 

「グリーフ」

 

聞き慣れない言葉です。

 

「日本語で言おうよ」

 

「え?ブリーフ?」

 

うちのご門徒や母に言って返ってきた言葉です。

馴染みがないんですね。

でもここが出発点です。

意外に険しい道になるかも知れない。

始まる前はそんな印象でした。

 

とにかく、これまでこの団体でやってきたことがないタイプの講座、参加者でもありますが、組側の運営スタッフの一員としてドキドキでした。

 

「トーキングツールのぬいぐるみを持った人が話すことを遮らずに聞きましょう」

 

そういう約束事を設けるのも初めてのことでしたが、却って新鮮だったようで思ったより良い雰囲気。

その雰囲気のまま、マイゴールを書き、これも初めての「ワーク」へ。

 

私のマイゴール 

 

僕が立てたのは、ようは何かあったときに打ち明けてもらえる人間と寺でありたいということです。

我ながら大それた目標を立てたなと・・・今になって思いますが、多分僕の本音です。

 

そしてグリーフの基礎の講義。

 

本当に様々な姿があるんだと再確認。てるみんのお話を事前に伺ったり、読んだりしていたので、確かめ直す感じで聞くことが出来たのですが、聞く度に分かってるつもりで居がちな自分が知らされます。

 

とくに自分のグリーフワークって何だったかなと振り返ったとき、僕はそのことから逃げていたと思っていたんですが、あの形で向かい合っていたんだと知ることができました。

 

そしてワーク

 

「失う」から連想されるもの・・・というお題

みんなが思い浮かんだものを出しているところ

 

 

これ結構面白かったです。

 

モノだったり、 その感情だったり、行動だったり

どれも自分の発想にないモノには驚かされました。

僕自身こういうワークも初めてだったので、「面白い」って感じました。

こんなに広がるんだだなというのが感想です。

 

「最高の体験インタビュー」

 

これまで生きてきて自分がもっとも最高の体験をしたと思うことを、インタビューしあい、聞き合います。

 

2人1組でインタビューを行います

 

後で聞けば、これは第2講の自分自身の「ロス」を語る、聞くの前哨戦だったわけですが、語る難しさよりも「丁寧に聞く」ことの難しさを痛感。話しやすいことでも聞くことの難しさ、広げていくことの難しさを感じるわけですから、話しにくいことを「聞く」、「話す」ことはちょっとしんどそうだなと思いました。

 

でも、お寺に「こんな良いことがあった」「こんな嫌なことがあった」って話しに来てくれたらよいなと、そうありたいなと望んでいることでもあるので、実際には「深刻な話を打明に来られないだけ助かっているんじゃないか?」って言われてドキッとしたというか図星だったこともありますが、そんな時に聞ける自分でありたいと思います。

 

でも、実はこの聞くと云うことは実は僕が苦手としているところ、聞かなければいけないところでも多々「しゃべってしまう」のです。分かってるつもりではいるのですが、自分の性なのでなかなか厄介ではありますが、とても大切なことで、この講座を通して「丁寧に聞く」ということを心掛けたいと思います。

 

 

| okaku-terumi | 僧侶・宗教関係 | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |